ひな祭り(雛人形)の歴史(その11)
『次郎左衛門雛』と前後して現れた代表的な江戸雛に『古今雛』があります。
この雛人形は、明和年間(1764~72年)に上野池之端の雛人形問屋が日本橋十軒店の人形師 原 舟月に作らせた江戸生え抜きの雛人形です。
『古今雛』の顔は『有職雛』を原型とし、写実的で精巧に作られ、両目に玻璃玉(はりだま:ガラス)や水晶をはめ込んだ作品もありました。
衣裳には、金糸や色糸などで鳳凰(ほうおう)、薬玉(くすだま)などの縫紋(ぬいもん)を加工し、袖には紅綸子(べにりんず)を用いて華麗な彩色に仕立てました。
※ 山形県鶴岡市「致道博物館」所蔵(画像提供 / 庄内観光コンベンション協会)
こうした近代的な容貌(ようぼう)と美しい装束が人気を呼び、それまで王座を占めていた『次郎左衛門雛』に代わり、江戸のみならず京都や大阪でも大流行しました。
また、当時は上方と江戸との間で盛んに雛商いの交流があったので、原 舟月が彫った顔の仕上げを京都の職人に依頼するなど、専門分野ごとの分業による雛人形の製作が行なわれていました。
そして、これ以降の雛人形は、ほとんどが『古今雛』にならって作られるようになり、この型を踏襲して今日に至っています。


コメント